2011年03月01日

2月 いちご狩りと日光御成街道

春を告げる甘い誘惑。
栃木のブランドフルーツ狩りへ。

2011年2月某日

春の兆しが宿る2月はふつふつと行楽欲も湧いてくる。ホテルで目にした「いちご狩り」のチラシ。いちごは栃木県を代表するブランドフルーツだ。今年もシーズンを迎えたその味わいを楽しむべく寄り道をしてみることにした。
車で日光方面へ約15分。今市にある「日光ストロベリーパーク」は国道461号から脇道に約1km程入った場所にある。この辺りは日光山麓に位置し夏と冬の寒暖の差、また山からの清冽な水が甘さと酸味のバランスに優れたいちごを育てるようだ。45アールの敷地内には受付を兼ねた管理事務所と何棟かのビニールハウスが整然と並んでいた。ハウスに案内されると早速、練乳の入った容器を渡され、いちごのもぎ取り方の指南を受ける。熟した果実の付け根を人差し指と中指でやさしく挟み手首のスナップを効かせると簡単だ。ここで楽しめる品種は“とちおとめ”。制限時間の30分以内は食べ放題だ。ハウス内には子供連れの家族の姿も見え2008年の開園以来、温泉街近くの観光農園として女性やカップルに人気だと言う。

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ミツバチと花との
“イチゴイチエ”なる出会い。


オーナーの沼尾氏の話ではハウス内のいちご棚は“可動式高設ベンチ栽培”で手動レバーにより高さが調節でき、立ったままの姿勢でいちご狩りが楽しめる画期的な造りだ。通路も広く車いすやベビーカーもOK。甘酸っぱい匂いが立ちこめたハウス内は常に24〜25度に保たれ汗ばむほどの暖かさだ。1日に6回35度に温めた液肥を施し、夜間も配管に温水を流し温度管理をしている。また雑菌の多い土の代わりに殺菌と保水力に優れた杉皮を使用するというこだわり。いちごの味わいは大粒の果実と柔らかいジューシーな果肉が特徴だ。
一方、隣接する別棟のビニールハウス群では出荷用として化学肥料を控え、主に米糠などの有機肥料を中心とした昔ながらの路地栽培いちごも作付けしている。青々と逞しい株と大ぶりの花から生まれるいちごは、先程のハウスのものとはまた違う濃厚な甘みとしっかりとした果肉だと言う。

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双方のハウス内には受粉用のミツバチの巣箱も設置され、いちご狩りをする観光客の隣りでミツバチが花から花へと慌ただしく飛び回っている。刺激をしなければ人を刺したりすることは無いそうだ。開花3日以内にハチが花の周りを3回まわらなければ受粉は叶わず、受粉後、実が熟すまでは40日もかかる。花とミツバチの絶妙なタイミング、そして生産者の細かな管理努力。いちごは文字どおり“イチゴイチエ”の高級果実だ。


日光山に至る主要動脈、
往時の姿を伝える日光街道。


日光と言えば美しい杉並木の街道で知られる。そのひとつ、日光街道へ向かう。この街道は江戸時代に設けられていた五街道の一つで 日本橋を起点とし日光市山内に至る。現在は国道4号(宇都宮市以南)と国道119号の通称として用いられている。今回は国道119号と併走し、往時の面影を残す旧道を参詣順路を逆走する形で訪れてみることにした。
街道へは国道121号春日町交差点信号をまず左折。その道すがら、北関東随一の石地蔵を祀る通称「追分(おいわけ)地蔵尊」へ立ち寄る。正式には“石造地蔵菩薩座像”。京都に向かう勅使が通った例幣使街道(れいへいしかいどう)と日光街道の分岐点にあることから名付けられた。地蔵尊は丸彫りの坐像で東日本有数の高さ2m、重さ8トンを誇る。制作年代は不明だが案内板には八代将軍、徳川吉宗が参詣の折はすでにこの地にあったと記されている。

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日光を見守り続ける、
伝説の巨石地蔵尊。


地蔵尊には不思議な伝説がある。もともと日光含満ヶ淵にあったものが大谷川(だいやがわ)の洪水で流され埋没。石屋が巨石と間違いノミを入れたところ真っ赤な血が流れたため、村人達が彫り出し運ぶと、この地で動かなくなったと言う。後に由緒ある如来寺に移したが地蔵の泣き声が聞こえるようになり、日光が見えるこの地に再び戻し宮に向けて安置したと言う。
視線を感じてふと管理事務所に目をやると、留守番をしているらしい一匹の柴犬と目が合った。戻ってきた住職に話を聞くとサクラという名のメスの豆柴で、交通事故にあったところを助けて以来、看板犬として可愛がられている。
地蔵尊堂のすぐ脇を通る例幣使街道には直径2m程の杉の大木も。幹部を族生する枝葉が覆い、上部の太い枝からも奇形枝が分岐して叢生する姿はまさに圧巻だ。

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26 追分地蔵尊 小.jpg23 追分地蔵尊 小.jpg29 追分地蔵尊 小.jpg


鬱蒼とした杉木立が連なる、
祈りの古道。


車はほどなく大木の杉並木が続く旧日光街道に入った。昼間でもほの暗い道は深淵な雰囲気をたたえ参道としての歴史を彷彿とさせる。この道は国道119号と並走しながら生活道路としても使われ舗装された路面は時折、乗用車も通り過ぎる。観光で降車する場合も注意が必要かもしれない。

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一里塚の名残の大木。
街道のシンボル、並木ホテル。


ここを訪れたら是非、見ておきたい見どころが2つ。そのひとつが1本の杉の大木の根元が腐敗し大人4人程が入れる大きな“洞(うろ)”になった特別天然記念物の「並木ホテル」。なるほど実際に近づいてみると堂々たるその姿に圧倒される。案内板には古く街道は一里塚毎に大樹が植えられ里程を伝えたとある。この空洞では昔、旅人が雨をしのいだり、一夜の仮寝をしたと言う。ホテルとはよく言ったものだ。

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桜と杉の合縁奇縁。
不可思議な自然の造形、桜杉。


車を先に進めると国道沿いにあるディーラーの向かい辺りに次なる見どころ「桜杉」がある。名の如く杉の根元の割れ目から山桜が根を張り、合体して1本の木と化した珍しい大木だ。話では桜の季節には今なお美しい姿を見せると言う。自然が創り出す摩訶不思議な景色も古道ならではの魅力だろうか。
さらに道を行くと路面は土に変わり路肩に水路が現れた。ひっそりと静まりかえる杉木立のなか、気分はまさに街道をゆく江戸の旅人のようだ。

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40 日光街道 小.jpg42 日光街道はずれ 小.jpg


並木道の終わりには徳川家康・秀忠・家光の3代にわたり将軍家に仕えた重鎮、松平正綱が東照宮に杉並木を寄進した際の寄進碑があった。もともと杉並木はこの地を起点に日光東照宮まで続く。この杉並木は正綱が20年もの歳月をかけ植樹し慶安元(1648)年、主君家康公の33回忌に東照宮への参道並木として寄進したもの。当時植えられた杉は今なお約13,000本余り残っている。案内板によれば寄進碑は日光神領の境界4箇所に建てられているようだ。ここは古く東照大権現を祀る神域であったのだ。時刻はそろそろ夕暮れ。日光連山の美しい山並みも景色に溶けてきた。帰路となる最寄りの大沢ICまでは約5分程。今回は今昔の人々の祈りと知恵が築いた食や歴史遺構の素晴らしさに触れる旅だった。

43 寄進碑 小.jpg44 寄進碑 小.jpg


食と言えば、ホテルで味わったスープや具材が自由に選べる「My鍋まつり」も愉快な趣向だった。20種類の鍋のレシピが親切に掲示されていたのもうれしい。酒党としてはまずは肉鍋。連れのすすめの豆乳チゲ鍋も美味だった。いちご狩りは6月まで楽しめ、ホテルにはいちご狩り付の宿泊企画もある。文字通り“イチゴイチエ”の旅を探しに出かけてみてはどうだろう。

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【いちご狩りと日光御成街道】詳細





御成街道 マップ画像.jpg.jpg


◎日光ストロベリーパーク
JR日光駅、東武日光駅、東武鬼怒川より車で約15分の好アクセス。いちご狩りは毎年12月中旬〜翌年6月下旬頃まで。有機栽培で育ったとちおとめは甘さの中にほど良い酸味が。可動式高設ベンチ栽培で高さが変えられるため、立ったままの楽な姿勢でいちご狩りが楽しめる。

住所/栃木県日光市芹沼3581
TEL/0288-22-0615
営業時間/10:00〜16:00
定休日/火曜日(祝日の場合は開園)
料金/料金は30分食べ放題大人1500〜1700円・小人1000〜1200円(※時期により変更あり)
駐車場/20台
http://www.nikkoichigo.com/
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◎追分地蔵尊
日光から宇都宮を経由して江戸に向かう日光街道と、鹿沼経由で上州の中仙道に抜け京都に向かう勅使の通った例幣使街道の分岐点に祀られていることから名付けられた地蔵尊。高さ約2m、重さ約8tで丸彫りの石地蔵坐像としては、東日本有数の大きさを誇る。
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◎日光街道
江戸時代の五街道の一つ。別名、日光道中。江戸日本橋を起点に千住(せんじゅ)、草加(そうか)、古河(こが)、宇都宮を経て日光坊中(下野国都賀郡日光東照宮、現在の栃木県日光市山内)まで21宿が置かれていたとされる。宇都宮までの道程は奥州街道と共通であった。この区間にはもともと古道奥州道があったが、日光街道の開通とともに日光街道と称されるようになった。日光東照宮が完成し日光社参が頻繁になると、江戸―宇都宮間も日光街道と呼ばれるようになった。現在も国道4号(宇都宮市以南)と国道119号の通称として用いられている。
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◎並木ホテル
七本桜一里塚の塚上に立つ杉の大木。根元に大人が4人程入れる空洞があることから”並木ホテル”と呼ばれている。昔、ここを通る旅人が雨露をしのぐためにここを利用したも言われる。
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◎桜杉
杉の割れ目に桜の種が入って芽をふき、杉の体内を通り地面に根をおろしたもの。異種の2本の木が共存する大変珍しい大木。
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◎並木寄進碑
松平正綱が杉並木を植栽して東照宮に寄進したことが記された石碑。並木の起点となる神橋畔および各街道の端の今市市山口(日光街道)、同小倉(例幣使街道)、同大桑(会津四街道)の日光神領4ヶ所の境界に建てられているため、境石とも呼ばれている。
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posted by kinugawaaruku at 16:03 | 日記 | 更新情報をチェックする
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