2016年04月01日

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2012年06月23日

6月 江戸ワンダーランド 日光江戸村

大江戸八百八町の時空散歩、
「日光江戸村」。

2012年6月某日
 
28 武家屋敷通り 2s.jpg 

 夏の気配を宿した鬼怒川の6月。「江戸村は、いいですよ」と、いつになく力のこもったホテルスタッフの勧めで今回は連れと2人、満を持して日光が誇る一大テーマパークへと向かうことにした。ホテルでもらえる割引券を使えば通行手形(フリーパス)の大人一人4,500円が4,000円と割安で楽しめる。「日光江戸村」は、町人文化が花開いた江戸の時代考証に基づき、15万坪の広大な敷地に当時の町並みをリアルに再現した巨大テーマパークだ。ホテルから村までは国道121号線を柄倉方面へ車で約10分と至近だ。
 村はこんもりとした山を背景にした里山の環境に忽然とあった。入口は関所になっており、購入した通行手形を見せると、帯刀した門番が、お役目とかけ離れた気さくな笑顔で、中へ誘導してくれる。此処で偶然知り合った、粋な縞着物を着こなした自称 “おせっかいおばさん”こと、村の艶女 “ 梅さん”が、幸運にも私たちの“珍道中”にお供いただけることになった。

01 関所s.jpg03 梅さんs.jpg02 関所s.jpg

時代劇のロケ地にて
歴史を生きる、江戸人体験。

 関所を過ぎると木立に囲まれた街道風のアプローチが続く。道の両脇には躑躅やサツキ、紫陽花や蝋梅といった季節の花が配され、道祖神も祀られている。やがて番屋のある宿場町の入口に到着。お不動さんのある一角には、実際に此処に居る村民たちが書いたという(梅さん談)願い絵馬がかけられ、宿場の賑わいが漂う。ふと目を向けると、修学旅行の一団らしき子供たちの元気な姿もあちこちに見えた。
 村には旅籠や商家、武家屋敷や芝居小屋、太鼓橋やお堀、さらには曳き馬や屋形舟といった、コンパクトながらも大江戸八百八町を細部にわたって再現した町並みが続いている。村は時代劇や歴史ドラマ、映画のロケ地としても活用されているようだ。道には着物姿の町娘や髷をたくわえた侍や商人が行き交い、まさに江戸時代へタイムスリップしたかのようだ。“歴史を現実として楽しむ”という、村のテーマにつくづく感心させられる。観光客に人気だという「変身処」では人気の忍者や岡引、芸者や花魁、新撰組など好みの衣裳に着替え(3,000両〜/3,000円〜)、江戸人になりきって、そのままの姿で町を歩くこともできる。いずれも専属の髪結、衣装といったプロのスタッフが揃う江戸村ならではの本格さだ。

04 街道s.jpg05 絵馬s.jpg17 変身処 あs.jpg
15 風景 10s.jpg12 風景 01s.jpg

活気あふれる商人町。
粋でいなせな江戸っ子談義。

 「私の使いで、いま女中は出ておりますが、すぐ戻ってまいりやす。今日の夜ごはんは白米と味噌汁と煮干し。明日の朝は、お漬物もつけますよ!」  “旅人”として、梅さんに案内された「旅籠 下野屋」の主人“甚平さん”が、愛想よく話しかけてくる。立派な旅籠の佇まいに「本当に泊まれればねぇ」と、連れも残念がっていたようだ(笑)。
 掘に架かる両国橋のたもとでは、御神籤(おみくじ)売りの町娘が客の足を止め、女旅芸人が南京玉すだれを披露していた。時代劇の悪役でお馴染みの「越後屋」もあり、いかにもワル、な顔つき(失礼!)の若旦那こと “文左衛門さん”が梅さんと軽妙な掛け合いを繰り広げる。小判が宙を舞う“オリジナル手ぬぐい”や、“袖の下まんじゅう”などのユニークな商品を実際にあきなう 「越後屋」には、大旦那や大番頭、女将役も存在し、面子が揃えば道端で時代劇さながらの江戸版ホームドラマが始まる。後から知った話では村人にはプロの芝居役者も多いと言う。観光客とのアドリブトークの絶妙さも、なるほど納得。シナリオのない会話も、此処でのもてなしのようだ。

07 旅籠 02s.jpg08 旅籠 03s.jpg13 南京玉簾s.jpg
09 越後屋 店内s.jpg10 越後屋 主人s.jpg11 越後屋 手拭s.jpg

迫力満点の時代活劇と
重厚感あふれる武家屋敷群。


 そろそろショーが始まるよ、と梅さんに促され、村の中央にある火の見櫓の野外ステージへ向かう。村では一日を通じて敷地内にある4つの劇場で忍者や水芸、遠山の金さんのお裁きといった時代劇や芸能が上演され、見どころは尽きない。本日の野外ステージの演目は“石川五右衛門とねずみ小僧次郎吉”。屋外ならではの大胆な演出とコミカルな脚本、役者の大立ち回りに集まった見物客も大喝采だった。
 数ある催しの中でもこれは必見、と梅さん推薦の「忍者からす屋敷」は、開演30分前から行列ができる人気のショーだ。期待を胸に早速、私たちも列に並ぶ。会場への誘導を待つ間、近くの観光客としばしの江戸村談義。これもまた嬉しい旅の一興だ。気になるショーの内容は、驚き連発のからくり舞台、迫力満点の殺陣など、手に汗握るものだった。私たちの前列で観劇していた外国人家族は、あまりの感動に次の上演にも並んでいたようだ。
 日本橋を渡った敷地の一番奥には、北町奉行所や小伝馬町牢屋敷といった、風格あふれる武家屋敷群がある。このあたりはエンターテイメント性を控えた展示ゾーンとあって、商人町の賑やかさと一線を画す静かな情緒が魅力だ。江戸の重大事件を蝋人形で再現した長州藩邸内には、浅野内匠頭(あさの たくみのかみ)が松の廊下で吉良上野介(きらこうずけのすけ)に切りかかるシーンをはじめ、歴史上の各場面が年代別に迫力満点に紹介されていた。

18 野外ステージs.jpg
19 野外ステージ 3s.jpg21 忍者からす屋敷 2s.jpg
24 風景 04s.jpg27 小伝馬町老屋敷 2s.jpg29 長州藩邸 2s.jpg

再現された江戸庶民の味わい。
知るほど深い、歴史の妙。

 昼どきとなり、梅さんといったん別れ、評判だと言う“江戸かき揚げ”をいただきに「日本そば藪」の暖簾をくぐる。かき揚げ付の“江戸かき揚げせいろ”(1,500両/1,500円)とシンプルな“江戸せいろ”(800両/800円)を注文。江戸時代の町民が実際に食したという、煮ぬき汁を使った味噌味のそばつゆでいただく江戸せいろは、どこかほっとする素朴な味わいだ。海老、桜エビ、三つ葉、玉ねぎが入った大きなかき揚げはカリカリと香ばしく、意外にペロリといただける。店内には髷姿の町人も同じ食事中。その景色が自然に思えてきた自分たちに思わず苦笑。恐るべし江戸村マジック、だ(笑)。
 午後は梅さんと再び合流し、村はずれの山道を少し登った先にある「活動写真の里」へ。山の緑に包まれ現れた「活動写真の里」は、時代劇のオープンセットとして造られた施設で、小道具も細かい武家屋敷や長屋は人々の息遣いが聞こえてきそうな驚くべきリアルさだ。洗濯物が軒に並ぶ長屋通りを梅さんが歩く姿はさながら、この暮らしが21世紀の現代に続いている錯覚さえ覚える。
 近くには「忍者怪怪屋敷」なる不思議な建物もあった。中は平行感覚を狂わせる眩暈のするような造りで、子ども達が何度も何度も大騒ぎで建物に入っていく。村ではエンターテイメントもさることながら、江戸文化を伝える学習施設として礼節研修の茶道教室(予約制)も開催されるらしく、かなり本格的に造られた“黄金の茶室”もあった。硬軟取り混ぜの、まさに大人も子供も遊んで学べる歴史体験空間だ。

30 02 日本そば藪 江戸前天笊s.jpg31 活動写真の里 03s.jpg
33 活動写真の里 きs.jpg35 忍者怪怪亭s.jpg36 黄金の茶室s.jpg

自然に寄り添う古き良き営み。
時代に問いかける豊かさの意味。

 気付けばもう、いい時間帯。梅さんに今日一日の礼を言って別れたあと、江戸スイーツの定番、三色だんご(100両/100円)をいただきながら、パラパラと降り出した小雨にしばしの雨宿り。ふと気づくと向かいの「日本伝統文化劇場」の木戸から、残念そうに天を見上げる芸妓風の町娘の姿が‥。通りでは連日、華やかな花魁道中があるらしい。あいにくの天気で今日は妓楼を兼ねた館での屋内上演となったようだ。娘の姿を釘付けで見つめる私に、連れが「貴方ひとり、此処で暮らしてもいいのよ」とニンマリ顔。
 此の地で旅人を迎えてもう20数年、と言う梅さんは、機械やテクノロジーに頼らない、人が人と出会うことで生まれる、ぬくもりのあるもてなしが、とても好きだと語ってくれた。江戸村は、人として庶民が心豊かに過ごした時代へのオマージュではなく、人が人に癒され、人に会いに出かける本当の意味での贅沢の価値を喚起する場所なのかもしれない。

23 風景 03s.jpg37 だんごs.jpg38 文化劇場 2s.jpg
40 バイキング ソフトs.jpg41 バイキング ソフトできたs.jpg42 バイキング 鍋s.jpg

 スイーツと言えば、ホテルの夕食のバイキングに好みのフルーツを選んで、オリジナルサンデーが作れるソフトクリーム機が仲間入りしていた。遊び心も手伝い、連れも含め女性客のほとんどがこの新スイーツに夢中のようだった。私もまた鍋の具材を駆使し、鶏のスープにうどんと豚肉、旬のニラをたっぷりあしらい、茹で上がりに玉子を落としたオリジナル鍋を堪能。どんなに満腹でもオリジナル、という言葉にどうやら人は弱いようだ(笑)。
 季節の先取りを粋とした江戸の人々。村人もまた、袷から単の軽快な着物に衣替えしていたが、自然の景色は対照的に、十二単のように濃淡様々な、絢爛な緑であふれていた。夏には夏の、五感をゆさぶる村の景色がまたやってくる。勇壮な水掛龍神神輿や七夕飾り。水打ちされた店先に響く風鈴の音色と蝉しぐれ。ビルや快適な家の中では決して味わえない、心充ちる日本の贅沢に出会いに行ってみてはいかがだろうか。

各施設の詳細と地図はこちら
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2012年04月19日

3月 今市宿七福神めぐり

万福招来、「八福」詣で。
今市宿七福神めぐり。

2012年3月某日

2.徳性院 本堂屋根s.jpg 

 日本で七福神が成立したのは室町時代末期頃だと言われる。一説によれば寺社に配された七福神めぐりが最初に行われたのは京都の「都七福神」らしい。日に日に春めいてきた3月。陽気に誘われるまま、今市でひそかな人気だと言う七福神めぐりに出かけることにした。
 日光街道・例幣使街道・会津西街道の三街道が分岐し、昔から商業の盛んだった今市宿は、元来、七福神へ篤い信仰を寄せてきた。毎年2月には、健康祈願めぐりとして「今市七福神めぐり」と題するイベントも開催され、市内外から多くの人々が訪れる。鬼怒川温泉からは車で約15分程度。JR今市駅、東武下今市駅から歩ける距離に点在する7つの寺社は、約8km程度と、ちょっとした春の散歩コースにもオススメだ。

3.如来寺 山門から境内s.jpg4.如来寺 境内s.jpg
6.如来寺 弁財天祠s.jpg7.如来寺 弁財天像s.jpg8.色紙もらったs.jpg2.報徳二宮神社 境内本堂s.jpg
3.報徳二宮神社  彫刻s.jpg4.報徳二宮神社 像若s.jpg7.報徳二宮神社 尊徳公墓所s.jpg

二宮尊徳翁の終焉の地。
遺訓が語る心の道標。

 まずは、今市商店街から石畳の参道を少し入ったところにある如来寺へ。室町中期に創建されたこの寺は下野三十三札所巡りの第4番札所で、徳川3代将軍の日光社参の折の宿泊所とされたようだ。すぐ近くにはこの地で終焉を迎えた二宮尊徳を祀る報徳二宮神社もあり、如来寺は尊徳翁の葬儀を執り行った寺としても知られる。山門をはじめ本堂、鐘楼は歴史と風格ある堂々たる佇まいだ。境内には幼稚園もあり、ちょうどお迎え時間とあって、立ち話に興じる母親と子ども達の健やかな声が春の空に響き渡っていた。
 お目当ての<弁財天>は山門を出たすぐ脇の、古い覆堂の中の祠に鎮座していた。女神らしい柔和な微笑みをたたえた木彫りの像を扉越しに拝礼。社務所に立ち寄ると、運よく七福寺めぐりの色紙がいただけた。色紙は各寺社に設置してある参詣朱印を押印するものらしい。通常は今市観光協会で入手(1枚 500円)とのことだ。幸運なるスタートに早速、弁財天のご利益だろうか‥と連れと談笑しながら押印。
 如来寺から東に数分歩いた場所には報徳二宮神社があった。聞けば今市では“今市七福神”に8番目の神・二宮尊徳神を加え独自の“八福神”としているとのこと。しめ縄がかけられた明神鳥居の先には、躍動感あふれる獅子の木鼻も見事な流れ造りの拝殿がある。その脇には祭神である二宮尊徳の薪を背に負い本を読む馴染みの像もあった。二宮尊徳(正式名/にのみや たかのり・通称/金治郎)は江戸時代の農政・思想家で、農村復興政策を指導した人物として知られる。貧農の家に生まれながらも勤倹節約で苦学し、その才が花開き幕命で日光山領の仕法も行った偉人だ。案内板が導く拝殿の裏手には尊徳翁像とともに緑に囲まれひっそりと墓所もあった。「人生れて学ばざれば生れざると同じ」の遺訓に、頭が下がる思いで2人、手を合わせる。


1.本敬寺 本堂s.jpg4.本敬寺  寿老神s.jpg6.本敬寺 向いの久保田屋s.jpg
1.明静寺 本堂1s.jpg6.明静寺 福禄寿s.jpg5.明静寺 地蔵群s.jpg

毘沙門山が見守る加護の地。
人々の暮らしに寄り添う永代の菩提寺。

 次なる本敬寺は国道121号線(会津西街道)を北に進み、大谷橋を超えた大谷向交差点から旧道を折れた場所にあった。先の寺社と異なり鄙びた商店街の一角にひっそりと溶け込むように佇む寺は、敷地も仏殿もこじんまりと簡素だが趣がある。風雨にさらされ味わいを増した仏殿は目に沁みる赤い屋根が印象的だ。ここは<寿老人>のはずだが、境内には何故か大黒天の石像も…。どうやら寿老人は仏殿の中に収められているようだ。窓越しに御姿を拝礼し、濡縁にあった御朱印を押印。色紙を埋める3つ目の印に心なしか高揚してしまう。
 ふと気付くと寺の道向かいに何とも郷愁を誘う古い菓子屋があった。気持ちが次へ急くあまり、立ち寄らずに来たものの、どうやらこの店は大正時代から続く老舗だったらしい。

 本敬寺から北へ約1km。視界が開けた先には、遠く雪をいただいた早春の毘沙門山が美しい稜線を見せていた。次なる目的地、明静寺はその霊山が見守るのどかな田畑と住宅が点在する静かな場所にあった。檀家の墓所がゆったりレイアウトされた敷地には、白壁が眩しい仏殿が凛とそびえている。パンフレットによれば寺歴は400年、現住職は20世だという。ぐるりと敷地を探したものの、目当ての<福禄寿>が見つからず社務所へ伺うと、住職が像のある仏殿へと親切に案内をしてくれた。聞けばこの寺は日光輪王寺の直轄末寺で富士山開山の祖であり、役の行者、小角の開祖で下野七福神としても由緒ある寺とのことだ。 境内の一角にはガンダーラ風の石菩薩もあり風情も漂う。赤い頭巾と前掛けの地蔵群の傍らには咲き始めた紅梅が、微笑むように揺れていた。


1.瀧尾神社 大木鳥居s.jpg4.瀧尾神社 境内矢車s.jpg3.瀧尾神社 叶願橋s.jpg
7.瀧尾神社 本堂イメージs.jpg8.瀧尾神社 大黒天s.jpg6.瀧尾神社 境内オブジェみくじs.jpg
9.瀧尾神社 横の杉並木浄水場跡s.jpg11.杉並木公園 よこ浄水場跡?s.jpg

古社の貫禄を醸し出す風格。
森閑なる緑に抱かれた今市宿の総鎮守。

 
 4つ目の瀧尾神社は今市市街方面に121号線を戻り、春日町交差点を右折、上今市駅の南、国道119号線沿いにあった。風格ある木造の鳥居をくぐると、長い参道の両脇に愛らしい色とりどりの風ぐるまが迎えてくれた。何かの祭礼か?と思いきや、この神社は全国でも珍しい風ぐるまを祀る社だと言う。案内板によれば黄色は金運・商売繁盛・合格、ピンクは方位除け・縁結び、赤は厄除け・健康長寿とある。すべてが“良い方向に回る”という意味だそうだ。風ぐるまの一つ一つには参拝者の祈願が書かれていた。歩みを進めると小川にかかるちいさな“叶願橋”があった。その名のとおり橋の手前で願い事を5回唱え拝殿で参拝し、戻るときに再び橋の手前で願い事を5回唱えると“願いが叶う”とある。危うく通り過ぎるところを免れ、作法に従い連れと願掛けをする。
 目当ての<大黒天>は拝殿脇に恵比寿、弁財天像と並んであった。参拝後、ふと見ると拝殿の裏手に杉と銀杏の大木がそびえる広々とした空間が広がっている。一角には鬱蒼とした木立に埋もれるように瀧尾神社の奥社も見える。近寄り難いまでの厳かな気に圧され、背筋が伸びる思いで社を後にした。
 神社のすぐそばには日光杉並木街道も走り“近代水道100選”の今市浄水場も近いようだ。この辺りは今市扇状地と呼ばれ、古くから大谷川がもたらす地下水の豊富な水資源で知られる。瀧尾神社でも毎年8月上旬、日光大室 たかお神社との二社合同の“日光奇水まつり”なる水にまつわる祭礼があるらしい。それを物語るかのように、杉並木街道のところどころには堰のようなものも見てとれた。

 

7.杉並木公園 風景s.jpg8.杉並木公園 報徳庵s.jpg6.杉並木公園 大水車s.jpg
3.杉並木公園 からの風景s.jpg9.杉並木公園 よこの杉並木s.jpg

今市の歴史を語る大水車。
水の里がはぐくんだ景色。

 東武上今市駅から瀧尾神社へと続く道の途中には、杉並木に寄り添うように広がる杉並木公園があった。小休止気分で少し寄り道。案内板によれば公園は杉並木の樹根の保護と、この辺りの文化伝承のために造られたものらしい。広大な敷地には大小様々な水車をはじめ古民家や植物園などがあり、彫刻作品が点在する散策路が整備されている。中でもかつて、土地の名産である“杉線香”作りの動力や、米つきに使用された水車は国内外の水車が多数移築展示され見ごたえがある。特に直径10mもある巨大水車は圧巻だ。
 天保元(1830)年に建てられた堂々たる古民家の旧江連家は現在、土産物屋として利用されている。傍らには水路に沿い慶応元(1865)年、二宮尊徳の報徳仕法で造られた報徳仕法農家も復元され「報徳庵」として、平成6年から水の里らしい手打ちそばと、うどんの店になっていた。その佇まいに心惹かれながらも、敷地に隣接する駐車場へと道を戻る。途中、東武鉄道を往く電車と毘沙門山の懐かしい田園風景に、たびたび足を止めてしまった。


1.瑞光寺 境内庭s.jpg5.瑞光寺 毘沙門天s.jpg6.瑞光寺 欄間の彫s.jpg 
3.徳性院 本堂s.jpg1.徳性院 境内s.jpg

精緻な仏教芸術に見る祈りの美。
石菩薩に宿る時の風韻。

 5つ目となる瑞光寺は、瀧尾神社から国道121号を約1km南下。今市ICのすぐそばにあった。小ぶりながらも手入れの行き届いた地水庭園があり端正な佇まいの寺だ。七福神を探していると、社務所を兼ねた住居から奥方らしき婦人がすぐに現れ、丁寧な対応で私たちを本堂へと案内してくれた。目当ての<毘沙門天>は軍神のイメージと異なるにこやかな微笑をたたえた木像で、訪ねてきた私たちをねぎらっているかのようだ。本堂の外陣は格天井と見事な極彩色の飛天の彫りが施された欄間がめぐらされ、仏教美術に疎い私たちでさえ、思わず見入ってしまった。
 
 お参りも早々に瑞光寺から国道121号を横断し今市高校を目指す。6つ目となる徳性院は閑静な住宅地の一角、今市高校の向かいにあった。<布袋像>は美しい法輪の紋章のついた鐘楼門をくぐった本堂の向拝の濡縁に、遠く空想にふけるような表情で空を見上げている。素朴な座像と、すっきりとした本堂の佇まいに吸い寄せられるように近づき、まずは参拝。布袋像の傍らにはふっくらと芽吹いた猫柳と透かし百合、黄菊が清楚な美しさを添えている。結願まで残すところあと一つと迫り、万感の思いで押印。


3.追分地蔵尊 本堂s.jpg5.追分地蔵尊 大地蔵と恵比寿s.jpg8.追分地蔵尊 さくらちゃん線香売るs.jpg
10.追分地蔵尊 社務所s.jpg7.追分地蔵尊 印押すs.jpg11.色紙フィニッシュs.jpg

思い出をたどる旅。
懐かしい春との再会を祝して。


 
 七福神めぐりの最後は、日光街道と例幣使街道の分岐点にある追分地蔵尊だ。以前、訪れた際には分からなかったが(詳細はこちらのブログを参照)、北関東随一の大きさと言われる地蔵尊の脇に、小さい木彫りの<恵比寿>像があったのはそのためか、とあらためて納得。お楽しみの再会となった寺の看板娘(?)の豆柴犬の“さくら”も、変わらない愛らしさで迎えてくれた。住職以外に少々人見知りするあたりは、相変わらずの箱入り娘のようだ。
 粛々とした気持ちで参拝後、8つ揃った印を見つめ、誇らしい気分で笑顔もほころぶ。今年の春は例年になくのんびり屋のようだが、念願を達成した私たちの気分だけは早くも春真っ盛り、といったところだろうか。思えばひと足早い“さくら詣で”で終わるこの旅も、七福神の粋な計らいかもしれない(笑)。

詳細に続く…
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2011年11月26日

11月 龍王峡白岩半島から川治・恋路沢歩き

龍王峡白岩半島から川治へ。
翌日、恋路沢へ。


2011年11月某日

62恋路沢s.jpg

 空は2泊の旅程を祝福するかのような晴天。今回目的の「龍王峡白岩半島から川治まで」と「恋路沢」の山歩きへの期待が募る。1日目はまず龍王峡まで車で移動し白岩半島経由で川治へ。紅葉シーズンを迎えた龍王峡入口の駐車場はすでに満車状態。土産物屋も食堂も祭りのような人出だ。手打ちラーメンとざるそばで、まずは戦の前の腹ごしらえ。
 往来する人混みに道を譲りあいながら人気のむささびコースを再び辿る(詳細はこちらのブログを参照)。歩き始めて約30分、龍王峡一番の絶景ポイント、むささび橋に到着。ここから先はすれちがう観光客も一気に少なくなる。やがて白岩半島へ。龍王峡はこの半島を境に荒々しい雰囲気を一変させる。木立の間から見え隠れする山河の静謐な佇まいや、低く滑り込む秋の斜陽に輝く山肌の紅葉はまさに信州を彷彿とさせる。白岩半島は川の蛇行がつくりだした凸型の地形だ。ここで急流も束の間の休息をとり、発光する白い河岸を撫でるようにゆったりと過ぎていく。しばしその景色を堪能したあと、林道に戻り川治へを目指す。突然、視界が開け周囲の彩りに抱かれるように眼下に川治第二発電所が現れた。この発電所は川治第一発電所の放流水を調整する小網(こあみ)ダムからの採水を目的に、昭和33(1958)年に完成したものだ。巨大な人工物が経年により自然と融和し一枚の絵のような姿になっている姿が印象的だった。

01腹ごしらえs.jpg03大観あたりs.jpg05かめ穴過ぎs.jpg
17白岩河原s.jpg21川治第二発電所s.jpg


脇林道の先に現れた幻の沢。
寄り道の思わぬ収穫。


 落葉の絨毯を進んだ先には「浜子橋」(はまこばし)と呼ばれる吊り橋があった。昭和36(1961)年に竣工したこの橋は頑強な鉄橋とはいえ、足元の格子状の橋桁越しに数十m下を流れる川がまる見えのワイルドな造りだ。中央には歩道用の板が敷いてあるが高所恐怖症の人であれば少々、足がすくむかもしれない。そんな橋を赤いリュックを背負った子どもと父親らしき2人連れが手をつないで通り過ぎていく。あの歳頃はウチも可愛かったな、と連れと思わず談笑。橋からは川治、龍王峡方面とそれぞれに美しい渓谷が見渡せる。
 川岸へと降りる林道へふと遊び心で足を伸ばしてみた。と、その先に忽然と現れたのは息を飲む景色だった。白岩とはまた異なる白砂礫の河岸に透明なブルーの水が淀となり鏡のような美しさをたたえている。10m程ある川幅の中央には龍の頭にも似た不思議な岩がリズムを添えていた。しんと静まり返ったその光景はある種、道に迷い込んだ旅人が見た夢のようでもあり、時折吹く風に立つさざ波がなければ、それが現実とは思えない妖しささえ漂わせていた。その後、森林管理署の関係者らしき人と偶然すれ違い、今見てきたばかりの沢の名前を訪ねたが、ないね、の一言。思わぬ収穫に少々興奮しながら、ふたりだけの名前を考えながら先を急ぐ。

23浜子橋s.jpg24浜子橋より川治方面s.jpg
26浜小橋付近s.jpg31浜子橋付近名無し沢幻想s.jpg


万病に効くと噂の鉱泉水。
足を伸ばして川治温泉街へ。


 やがて逆川(さかさがわ)のトンネルが見えてきた。昭和48〜52(1973〜1977)年にかけて造られたこのトンネルは190mの第一トンネルを最長に第三トンネルまである。第二と第三の間からは眼下に鬼怒川の美しい景色が見渡せる。案内板では川治まであと3kmほど。その先、道は国道121号線を横切るように続いていた。交差点には「鶏頂山鉄鉱水本舗」と書かれた建物があった。説明では明治27(1894)年、大塚房吉という人物が氏神のお告げで発見した鉄鉱水とある。あいにく店は休業。この鉱泉は強酸性の殺菌力があり1L中に鉄イオンが79mgも含まれる健康水らしい。化学的に合成できない魔法の水として知られているようだ。
 店を通り過ぎ少し歩くと小さな集落に出た。大谷石造の立派な蔵のある民家の住人に声をかけると、きさくに蔵の説明をしてくれた。そこから歩いて数分、小綱ダムに到着。ここから望む鬼怒川の紅葉も壮大のひとこと。水量豊富な鬼怒川には川治や小綱の他にも複数の巨大ダムがあり、変化に富んだ景色が広がる。ダムを渡った向こうはもう川治温泉駅だ。もうひと頑張り、と笑う連れの勢いに負け、そちらには向かわず川治温泉街方面の林道をさらに歩くことにした。途中、観光らしき軽装のご婦人グループと遭遇。行く道、来た道の情報交換をして激励し合う。

33逆川トンネルs.jpg36逆川付近民家s.jpg37小綱ダム橋s.jpg
38小綱ダム橋より鬼怒川方面s.jpg40小綱の林道s.jpg


夕焼け色に染まる鄙の湯里。
お疲れ様、の一日目終了。


 空に聳えるオブジェのような会津鬼怒川線の高架下をくぐり、ほどなくあじさい公園へ到着。この公園はシーズンには約1000株ものあじさいが楽しめるらしい。そこから平家の黄金伝説にちなんだ黄金橋(こがねばし)を渡るとゴールの川治温泉街だ。辺りはすでに美しい夕暮れどき。公共の温泉浴場前には湯上りの大人や子どもが賑やかな声を響かせていた。しばしの談笑を楽しんだあと、ひんやりとした秋の冷気に少し歩みを早め川治湯本駅へ向かう。電車が到着する頃には日もとっぷりと暮れ、墨を流したような闇に駅の灯りだけが煌々ととかろうじて人工的な息遣いを留めている。案内板によれば川治湯本駅は標高517m。なるほど、少々肌寒いほどのこの気温も秋だけのせいではないらしい。連れと暖かい缶ドリンクを両手で包みながら、ここから2駅、龍王峡駅までの帰途。そこから車でホテルへ戻り、生き返った心地で温泉に浸かる。体も冷えたせいか、連れもいつもより長湯のようだ。バイキングで夕食をとったあと、ふたりで晩酌しながら今日一日の出来事を談笑し合う。こんな秋の夜もいい。

43会津鬼怒川線鉄橋s.jpg44あじさい公園より川治温泉s.jpg
45黄金橋s.jpg46黄金橋より川治温泉夕焼s.jpg



空中散歩で気分爽快にスタート。
2日目、念願の恋路沢へ。


 昨夜の疲れもどこへやら。軽やかな晴天に2日目への闘志(笑)も新たにホテルを出発。今日は連れの念願だった「恋路沢」への山歩きだ。スタートは護国神社のあるロープウェイ山麓駅。鬼怒川には何度も来ているがロープウェイは初体験。麓駅には若いカップルや年配の夫婦、子供連れの家族が集まっていた。標高700mの山頂駅までは約3分半の空の旅。丸山と呼ばれるこの山の頂きには総桧造りの展望台があり鬼怒川温泉街の他、天気の良い日には遠く筑波山まで見えるらしい。あいにくこの日はガスが多く見通しはいまひとつ。山頂には子供が喜びそうな“サル園”もあり、小さな子ザルや珍しい白ザルを含め数十匹ほどが愛嬌たっぷりの仕草で訪れる人の笑顔を誘っていた。
 目指す恋路沢はこの山頂から温泉神社の拝殿を経由し山を下ったコース沿いにある。まずは赤い鳥居をくぐり温泉神社で行程の安全祈願。この温泉神社は昭和34(1959)年のロープウェイの開通とともに建立され、豊川稲荷神社の分体を祀っている。麓駅の側にある温泉神社はこの神社の分祀とのことだ。表示ではまずランドマークの一本杉まで約30分、845mとある。道は急勾配の昇り階段。スタート早々に息を切らせ明るい木漏れ日となって降り注ぐ晩秋の森を道をひたすら先へと進む。道はもと林道だったらしく途中、車の立ち入りを規制する古いゲートらしきものも幾つかあった。

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51温泉神社参道s.jpg52温泉神社s.jpg53恋路沢コース入口s.jpg



山間に聳え立つ巨大な神木、一本杉。
紅葉に抱かれた恋路沢の清廉。


 ほどなく一本杉に到着。堂々たる神木はその昔、山道の目印として利用されていたと言う。ここから先はゆるやかな下り坂。途中、どころどころに落石もあり、やや足元に注意が必要な道が続く。しばらく進むと道は広くなり、今度は勾配のある下り坂となった。道の向こうから登ってきたカメラを携えた男性に恋路沢のことを訪ねると「すぐそこです、紅葉がきれいですよ」と教えてくれた。はやる気持ちでふたり黙々と道を下る。目指す「恋路沢」は道を下りきった場所にあった。色付いた広葉樹に抱かれ、落ち葉の降り積もる道沿いにこじんまりとした流れが寄り添い繊細な姿をたたえている。ロマンチックな「恋路沢」の名は詳細は不明だが、恋にまつわる伝説に由来するらしい。その名のとおり山間に紅を差したような、清楚な乙女を思わせるその魅力に連れとふたり、疲れも忘れしばし見入ってしまった。ふと流れに目を凝らせば小さな岩魚の魚影も見える。沢は数百m先まで続いていた。その先は逆川、川治方面へ抜ける道だが今日はここからまた来た道を戻る。

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59恋路沢林道つづくs.jpg66恋路沢s.jpg

 急勾配の登りが続く帰りは想像以上の健脚コース。したたる汗をぬぐいつつ、杉の枝をストック代わりに両手に握りしめての思わぬノルディックウォークとなった。ロープウェイの山頂駅に戻ってきたのは日が陰り始めた頃。急に冷えてきた空気に思わず上着を羽織る。私たちと同じロープウェイに乗り合わせた大家族のおばあちゃんが、小学校の遠足以来、と乗車を感慨深げに家族に語る姿を微笑ましく見つめながら、黄昏の空に溶けていく山の稜線と温泉街を眺める。見下ろす地上にぽつりぽつりと灯り始めた明かりに湧き上がる不思議な安堵と郷愁。
 秋はその繊細な姿で人を山へと引き寄せ、暖を急かす冷気で人を里へ引き戻す。その術中に何十遍とはまりながら、私たちはまた山懐へと足を運ぶ。どうやら“恋路沢”の“恋路”とは私たちの中にある秋への永遠の恋慕、でもあるようだ。

68夕暮れの温泉街ロープウェイ山頂よりs.jpg70ロープウェイ下りs.jpg
詳細に続く…
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2011年10月25日

10月 鬼怒川五橋巡り

鬼怒川五橋巡り(+1)、
雨上り散歩。


2011年10月某日

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 夜の闇にまぎれ鬼怒川の瀬音に加勢した雨音に、雨厄は私か君か?と夫婦で面白喧嘩。天気予報をチェックし、長雨の季節に半ば明日の予定をあきらめつつ迎えた朝、空は小雨ながらほんのりと明るさをたたえていた。川面には幻想的な川霧も漂っている。その美しさに惹かれ、今回は順を追って鬼怒川の橋めぐりを訪ねることにした。鬼怒川には「鬼怒岩橋」「滝見橋」「くろがね橋」「ふれあい橋」「立岩橋」と呼ばれる「鬼怒川五橋」がある。それぞれの橋には邪気を払い福を招く“邪鬼”をモチーフに地元作家、藤原郁三氏が作陶した「鬼怒太」「鬼怒子」像も設置され、スタンプラリーポイントにもなっているようだ。
 ひとつめの「鬼怒岩橋」は温泉街の最北、温泉公園駅から歩いてすぐ、川治方面へ向かう日塩有料道路入口付近にあった。橋の対岸には「日光人形の美術館」が雨上がりの緑に溶け合うように佇んでいる。橋上から望む山河の景色は、いま描き上げたばかりの絵画のようにしっとりとした潤いをたたえている。
 此処で出会った鬼怒太像はくつろぐ姿を表現したという“半跏鬼(はんかき)”。橋のたもとからは1km先の上滝河川公園へと続く遊歩道が伸びていた。道を200m程下りた河川敷の展望テラスは晴れた日には安らかな水景色越しに霊峰鶏頂山が望めるらしいが、今日はあいにくの空模様。少々、残念。

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袖振り合うも、他生の縁。
往くひと来るひと、吊橋の道。


 次なる「滝見橋」は五橋の中では最も情緒あふれるこじんまりとした吊橋だ。橋は花見処でもある芝桜の植えられた滝見公園と隣接し、広い駐車場や公衆トイレも完備されていた。公園は憩いの場らしく、随所に地元彫刻家による作品や花壇が配置されている。ここの鬼怒太は豊かな鬼怒川の未来を想う「思惟鬼(しいき)」とある。が、その視線の先には美少女の彫像が…。邪気を払う鬼神と言えども、煩悩には勝てないのだろうか(笑)。
 橋は公園から続く遊歩道の先、階段を下りた場所に周囲の緑に埋もれるようにあった。車はもとより自転車も通行できないため往くひと、来るひとの足取りは一様に穏やかで、ゆらゆらと揺れる吊橋の途中で驚き立ち止まる観光客の姿もちらほら。橋脚にあった注意書きによれば、重量制限は一度に30人らしい。橋上からは名の由来だろうか、岩陰に小滝の姿も見え隠れしていた。公園の南には温泉街の中でも情緒あふれる小道として知られる花見坂も続く。桜とツツジの季節にはまた麗しい趣にあふれるのだろう。

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温泉街の最高の名勝。
名を語るくろがね製の歴史橋。


 我々がいつも世話になるホテル至近の「くろがね橋」は、鬼怒川温泉発展の中心であり、最も歴史ある橋とのことだ。この橋は大正3年に下滝発電所(現:東電鬼怒川発電所)を建設する際、資材運搬用に架けられたことに端を発する。「くろがね」の名は橋が架けられた当時、日本でも珍しい鋼鉄製だったことによるらしい。規模も佇まいも派手さはないが、ゆったりレイアウトされた歩道には花のプランターやベンチもある。ここの陶像は“遊心鬼(ゆうしんき)”と名付けられた女鬼の鬼怒子だ。頭にリボンをつけ寝転びながら頬杖をついている姿はかなり人間的だ。
 対岸には渓谷を眺める公共の足湯棟もあった。嬉々と喜ぶ連れと早速、素足を浸けてみると…これまた熱い!我々と同様に表情をゆがめる観光客と盛り上がる楽しい湯端談義のひととき。棟内には“手湯”も設置され手足を一度に温められる造りになっている。建物の壁にあった写真パネルには130年以上に渡り鬼怒川の歴史を見つめ続けてきたこの橋の歴史が紹介されていた。橋からは河岸近くの展望台まで下りることのできる遊歩道も設けられ、四季折々の景色を立体的に楽しめる。

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18くろがね橋04s.jpg20くろがね橋06遊心鬼s.jpg


高さ45mの鬼が描かれた大階段。
歩行者天国専用のイベント橋。


 温泉街のほぼ中心に位置する「ふれあい橋」は文字どおり、広い空き地がない山間の温泉街のイベントスペースを兼ねた水道橋だ。広々としたこの橋の両端は階段と車止めがあり、一般乗用車は一切乗り入れできない完全な歩行者天国になっている。橋の両岸は温泉ホテルがひしめき合うように立ち並び、静かに渓谷を望むというよりは街の活気が伝わる佇まいだ。橋のたもとには温泉観光協会が毎年主催する絵手紙コンテストの応募作品の陶板がズラリと展示されていた。老若男女が描き上げた微笑ましいひとつひとつの作品を連れと鑑賞しながらゆるゆると歩く。
 しかしこの橋の圧巻は何と言っても橋の対岸に迫ってくる高さ45mの赤鬼の階段絵画だろう。脇には大正浪漫風なレリーフもあり、この橋が人々の憩いの場所である生活空間であることが分かる。ちなみにここの鬼怒太は腕組みをし足で合掌をする「定印鬼(じょういんき)」。腕を組むのは鬼の定印で人とは逆に手のかわりに足で合掌し、幸を祈るのが鬼のスタイルだと言う。

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26ふれあい橋05s.jpg27ふれあい橋06定印鬼s.jpg


楯岩の美観を橋上から堪能。
鬼怒川ライン下りのハイライト。


 五橋巡りのフィナーレ「立岩橋」は昭和38年、鬼怒川バイパスの完成で開通した橋だ。物流の主要道として車が行き交う一般道路だが、この橋の歩道から眺める鬼怒川渓谷の素晴らしさは想像以上だった。下流側には渓谷にそそり立つ高さ100mの巨岩「楯岩」の凛とした姿が印象的な美しさで迫ってくる。この辺りは人気の観光、鬼怒川ライン下りのハイライト、急流下りの場所としても有名で、早瀬に勢いを増す船の姿を橋上から眺めることができるスポットになっている。丁度、私たちが訪れた時もラフティングの一団が渦巻く急流を岩礁を避けながら下っていったところだった。スマートに見えるオールさばきも、水面では迫力満点に違いない。鬼怒川はラフティングの他、自然と戯れる冒険体験のキャニオリングやカヌーなどのアウトドアメニューも多彩だ。これからの季節ならスノートレッキングやエアボードもあるらしい。鬼怒川の楽しみはまだまだ尽きない。
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足を伸ばして、六橋めぐり?!
鬼怒岩楯岩大吊橋ぶらり。


 平成21年7月に完成した「鬼怒楯岩大吊橋」は名勝楯岩と鬼怒川温泉を結ぶ全長約140mの歩道専用吊橋で、観光客に一番人気の鬼怒川の第6番目の橋だ。橋上からは立岩橋とは反対側から望む楯岩の姿と渓谷の神秘的な景観が楽しめる。“楯岩を眺めるなら大吊橋か?それとも立岩橋か?”と訊かれたら、私の好みとしては先の立岩橋に軍配だ。
 吊橋の途中には景色を望むバルコニーも設けられ、この日も多くの観光客が立ち止まり盛んにシャッターを切っていた。水面を這う川霧の絶妙な美しさに惹かれ、私も幾度か撮影を試みたが、更ににぎわいを増した観光客に吊橋はデリケートに反応し、なかなかピントを合わせてはくれないようだ。
 橋の対岸には「楯鬼(たてき)」と名付けられた鬼怒太像が仁王立ちする広場があり、その先は楯岩展望台方面と古釜沢の滝方面に道が分かれている。観光客の多くは、見晴らしの良い楯岩展望台方面へと向かうようだ(詳細は5月のブログで参照)。橋のたもとからは隣の立岩橋まで渓谷沿いに赤松林を抜ける松原遊歩道が続いていた。途中、楯岩を眼前に見上げる撮影スポットやスポーツ公園もあり、歩いて10分程度の静かな散歩コースだ。2つの橋を“はしご”しながら、変化に富んだ鬼怒川の景色を見比べてみるのもいいだろう。

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50鬼怒楯岩大吊橋11楯鬼s.jpg52松原遊歩道01s.jpg

 男性的な鬼怒川と、どっしりおおらかで女性的な楯岩を結ぶことから鬼怒楯岩大吊橋は“縁結び”の橋でもあるという。丁度、訪れた日は若いカップル連れも多く、楯岩展望台の頂上では“縁結びの鐘”の音色がひっきりなしに澄んだ音色を響かせていた。
  「橋(はし)」という字は古く「間」と書かれ《モノとモノを結ぶ“あいだ”》という意味を持ち、やがて両端部を示す”はし”をも意味するようになった。それが水平であれば「橋(はし)」となり垂直であれば“柱(はし・ら)”となる。神への供物をつまむ「箸(はし)」もまた神と人をつなぐ意味を持つ。それを知ればこそ「橋めぐり」にも神妙な愉快さがあるというものだ。
 男女たがわず縁は異なもの、味なものである。詳細に続く…
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2011年09月30日

8月 平家の里

安住の地を求めた
平家落人たちの鄙の住処。


2011年8月某日

 今回の鬼怒川の旅の寄り道は、温泉街から国道121号線を北へ約45分。前から一度行きかった平家落人伝説の温泉郷、湯西川。付替ダム道の改修も7月に完成し、鬼怒川からはぐっとアクセスがよくなった。言い伝えでは今から約800年前、壇ノ浦の戦に敗れ源氏の追手から逃れた平家一族がこの温泉に辿り着き湯西川平家の祖となったとされている。温泉は天正元(1573)年の開湯で400余年の歴史を誇る。地名の由来となった湯西川の渓谷沿いには平家ゆかりの民宿や旅館が緑に隠れるように粛々と立ち並んでいた。
 目指すは平家落人たちの伝説や風習、芸能の保存継承を今に伝える「平家の里」。ここはもともと地域にあった民家を移築、復元した施設で昭和60(1985)年に建てられた。平家の紋である“揚羽蝶”の幟が掲げられた冠木(かぶき)門をくぐると「隠れ忍んで八百年 今日この里に甦る」と彫られた記念碑があった。その脇には受付兼事務所の“太敷(ふとしき)館”と呼ばれる豪壮な茅葺き棟がある。入場料を支払い、いよいよ敷地内へ。図面によれば建物は水路のある庭園を囲むように点在しているらしい。

2平家の里 入口s.jpg4平家の里 幟s.jpg3平家の里 碑s.jpg
5平家の里 太敷館s.jpg7平家の里 太敷館よりs.jpg


質素な暮らしを支えた、
木鉢・木杓子作り。


 鬱蒼とした木立の向こう、まず見えてきたのは二つの館からなる茅葺きの“調度営みどころ”棟だ。囲炉裏もあるひんやりとした室内は民芸品の加工所も兼ねた資料館らしい。説明では湯西川では昔から木杓子造りが盛んだったとある。座敷の一角にある実演工房には道具類の説明や制作工程の資料などがところ狭しと並んでいた。
 “太敷(ふとしき)館”で見かけた説明書によれば、東国に都落ちした一族が霊峰鶏頂山に一度身を隠した際、男児の誕生の喜びに幟を掲げたところ源氏の追手に隠れ家を発見され湯西川へと逃げ延びたとあった。以来、湯西川では端午の節句は一日遅れて祝い、所在を隠すため鯉のぼりはあげず、鬨(とき)を告げる鶏を飼わない等の風習が残ると言う。息を潜めながら細々と木杓子を作り続けた当時の暮らしぶりが伺える逸話だ。

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16平家の里 調度営処.JPG17平家の里 調度営処s.jpg


平家一門の悲話を悼む、
琵琶の響きに包まれて。


 眩しいほどの残暑の陽射しに思わず目を細める。ふと気付くとどこからか哀愁漂う平家琵琶のBGMが流れていた。順路にそって進んだ次の“床しどころ”棟は三つの館から構成されていた。ここの見どころは入道姿の清盛や武者姿の平敦盛、十二単の平家女人など、等身大の蝋人形が展示されてある建物。ここでは平家の歴史が年表や系図を交え詳しく解説されている。源平合戦でわずか16、17歳の若さで命を絶たれた悲劇の美少年、平敦盛も肖像画とともにその悲話が紹介されていた。湯西川では毎年6月5〜7日の3日間、鎧兜に身を包んだ武者や雅やかな姫行列、また往時の伝統芸能が披露される「平家大祭」が盛大に開催される。その際に奏でられるのだろうか。ガラスケース内には琵琶が収められ、紅顔の貴公子を悼むかのように静かな時を刻んでいた。
 隣接した棟々には安徳天皇没後八百年を記念し下ノ関の赤間神社から寄贈された重要文化財[書籍]平家物語(長門本平家物語・二十巻)の復刻本や平安時代の公家の遊び、鎧や鞍などの武具、また湯西川特有の民具などが紹介され、古今に渡る人々の生活が見て取れる。

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悲劇の幼帝、安徳天皇を祀る
湯西川赤間神社。


 敷地の一番奥には“種々(くさぐさ)伝えどころ”として、施設内で最大の規模を誇る茅葺き造りの郷土文化伝承館があった。ここは地域に伝わる伝統芸能や民話等の伝承の場として活用されており、平家大祭には特設ステージとして使われるようだ。建物内には平家大祭のビデオが常時設置され、華やかな祭りの様子が映像で紹介されている。山を背にした一角には、8歳という幼帝にして平家一門とともに壇ノ浦に身を崩じた安徳天皇の菩提寺である下ノ関赤間神社から分詞した湯西川赤間神社があった。
 午後になり陽射しは益々、強さを増してきた。額に汗して逃げ込んだ緑陰では野鳥たちも水浴びの真っ最中。その様子を連れと遠巻きに微笑ましく眺め、初秋の空にくっきりと陰影を増す館の姿を見つめながら若葉の候、ここで繰り広げられる平安絵巻の美しさを想像してみた。

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37平家の里 種々伝処.JPG40平家の里 赤間神宮.JPG41平家の里 赤間神宮横林.JPG


素朴な栃もちの味わいに
山里の暮らしを想うひととき。

 順路に従い、もときた道の反対側を戻る。途中にあった鹿園では鹿のつがいが仲良く寄り添ってお出迎え。どうやら敷地内で時折、放し飼いにされているらしくよく人に馴れている。暑さのなか歩き疲れ、少々、小腹も空いた頃、平家落人の味が賞味できる休み処“餉(かれい)の館”で「栃餅・きび餅組合せ」と「そばがき」でしばし小休止。齢を重ねたとはいえ、私も連れも手のかかる栃餅をこしらえた経験を持つ時代の人間ではない。琵琶の音色が響くなかで味わった栃餅は、少しクセのある素朴な風味だった。ひとやすみ後、立ち寄った曲がり家風の土産棟“よろず贖(あがない)どころ”には、平家落人の里らしく仏像等も扱うユニークな骨董コーナーもあり少し宝さがし気分。
 順路の最後、入口付近にはひっそりと平家の武将、平忠實と忠房、そしてその家臣や姫達が金銀財宝等を埋めた言い伝えが残る“平家塚”が鎮座していた。地元の人々はこの場所を今なお神域と崇め保存に努めているとのことだ。
 伝説に包まれた平家落人の夢の名残たち。施設に残された古民具や歴史資料もさることながら、ここでの楽しみは茅葺きの質素な佇まいと木漏れ日の小道が醸し出す情緒を往時の暮らしぶりを想いながらじっくり歩いてみることだろう。特にこれからの季節、一門の幟のように真っ赤に燃える紅葉はさぞかし素晴らしい眺めになるに違いない。 

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懐かしい記憶にも似た風景に
しばし足を止めながら。


 「平家の里」から歩いてすぐ。橋のたもとに見つけた“平家集落”の小さな案内板。名前に好奇心をそそられ階段を下りてみると、川沿いに茅葺きの民家や豆腐屋、旅籠が並ぶ小道があった。道の突き当たりには京都知恩院の末寺で平家落人の菩提寺だと言う慈光寺もある。その脇にある赤い太鼓橋“ゆぜん橋”からの眺めはまさにノスタルジックの一言。湯西川のせせらぎを抱く山並み、そして流れに沿いゆるやかなカーブで広がる家々。あとで調べてみるとこの辺りは平家落人の集落跡を今に残す場所とのことだった。近年までは一帯が茅葺きだったが、今は一棟のみを残し瓦葺になったようだ。とはいえ、その懐かしく穏やかな佇まいは「平家の里」と共に足を止めたい場所だ。橋の下には混浴の湯小屋「薬師の湯」もある。岩盤をくりぬいた湯船と微かに香る硫黄臭が秘湯ファンに人気の無人共同浴場だと言う。悪くない佇まいだが渓谷に面し景色が良いぶん、橋からは丸見え。私の連れをはじめ、女性にとってはやや勇気の要る風呂かもしれない。

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70平家集落.JPG75平家集落 橋.JPG


 帰り道、道路の脇に忽然と現れた「湯西川ネズコ大木」は新・日本名木百選のひとつ。樹齢約600年、幹周約6.38m、樹高約25m。ネズコはヒノキ科の常緑樹で葉の色が黒色を帯びていることから“クロベ”の異名を持つ。木質が軟らかで加工しやすく腐りにくいことから、古くから木羽屋根の材料や羽目板、杵、樋などの建材として山村の生活に密着してきた。この木は五十里バイパス工事に伴い川戸集落の森にあったもの2004年に移植したものだと言う。里の守り神のようにそびえるその姿はどこか孤高で哀愁さえ漂わせる。 ネズコ大木の近くには道の駅「水の郷」も新設されていた。訪れた時には一部がオープンしたばかりで話題の大吊橋や散策路は未だ未整備。土産棟と入浴施設は稼働しており、秋も深まった頃のグランドオープン予定とのことだ。
 往く季節あれば来る季節あり。諸行無常の響きを悲哀たっぷりに謡う琵琶の音色に、古今数百年の歴史を駆け足で巡った旅だった。

79湯西川ネズコ大木.JPG80水の郷.JPG81湯西川イメージ.JPG詳細に続く…
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2011年08月01日

7月 日光 花いちもんめ

敷地面積約4000坪、
関東以北で最大規模を誇るベゴニア園。

2011年7月某日

 うだるような暑さが続くかと思えば、ざあざあと滝のような雨が降る。今夏の旅はとかく天気に嫌われたようだ。鬼怒川で温泉休日を楽しんだ翌日、窓の外はまたあいにくの雨天。小降りと本降りを繰り返す天の気まぐれさに閉口しながら、予定変更で向かった先は鬼怒川温泉から東武鬼怒川線の小佐越駅方面に向かい、鬼怒川有料道路のトンネルを抜けたところにある「日光 花いちもんめ」。2002年にオープンしたこの施設は関東以北で最大規模を誇る日本有数の大ベゴニア園だ。
 車を降り大粒の雨を避けるように小走りで入口へと向かう。受付のある管理棟には土産コーナーも併設され、花にまつわる雑貨や食品をはじめ、地元の特産品が販売されている。気になる施設は受付棟の向こう、大温室とひとまわり小さい小温室が廊下でつながっているようだ。扉を開け一歩、足を踏み入れたとたん、天井から床まで広がる極彩色の景色にまず圧倒されてしまった。 
 聞けば大温室は20m×90mもの広さがあり、小温室内と合わせ約600品種、計5000鉢もの植物が常時栽培されているとのことだ。大温室では花の美しい球根ベゴニアを中心に赤、ピンク、黄色、白などの花々が空調と潅水のシステム化により一年中満開の状態で咲き誇っているのだと言う。中でも圧巻は天井一面から吊り下げられたベゴニアの常識が覆えるハンギングタイプの見事な花鉢と、温室の壁面のひな壇にずらりと並ぶスタンドタイプの球根ベゴニア鉢だ。その壮観な眺めはまさにため息の一言につきる。ハンギングタイプは約800鉢、長いものは2mをゆうに超える。スタンドタイプの球根ベゴニアは常時3,000鉢展示されているらしく、その花の大きさたるや子供の顔ほどもある。まるで花まっさかりの牡丹園のようでもある。想像以上の園の規模と楽園のようなその彩りに外の大雨も忘れてしまった。

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鑑賞から花鉢販売、寄せ植え体験まで。
花の魅力にふれる大温室エリア。


 温室は室温15℃以上25℃以下に保たれているため、夏も冬も快適にゆっくり花を観賞できる。大温室の中央には喫茶コーナーも設けられ、頭上一面に広がる球根ベゴニアを仰ぎながらゆったり休憩できるようになっている。一角には、園内で育てた木立ベゴニアやレックスベゴニア、その他四季折々の花鉢(ちょうど訪れたときはダリアだった)や花の雑貨を販売するフラワーショップもあった。自社農場の直売品だと言うリーガスベゴニアなど、様々な種類の品質の良い株が手頃な値段で手に入るとあって、連れはすでに品定めにすでに夢中のようだ。チラシによればここで寄せ植え体験もできるとある。
 花への興味は興味でも、連れとは対照的に花などの写真が趣味の私には見たことのない百花繚乱の風景に気分もやや昂揚ぎみ。ここでは花の他にも美しい鑑賞用の“斑(ふ)入り”の葉を持つベゴニアの種類も豊富だ。流れるプールに花を浮かべたフラワープールでは、咲き誇るペチュニアの花と南国ムードただよう美しい景色に何度もシャッターを切ってしまった。

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51.花販売コーナーサボテンs.jpg45.花イメージ09s.jpg
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季節折々のイベントの他、
挙式場も併設された小温室エリア。


 大温室から廊下でつながる小温室内には、ベゴニアにとどまらない旬の花々や高さ5mもあるフラワータワー、4.000株を誇ると言う見事なコチョウランやハンギングタイプの観葉植物などが、まるで巨大な生き物のように並んでいた。中にはきれいに剪定されたトピアリー(樹木や低木を刈り込んで動物をかたどったりする造形物)やサボテン・多肉植物のコーナー、フラワーアレンジメントコーナーなどもある。
 連れが思わず歓声を上げた美しい「ホクシア(フクシア)」の八重咲きも咲いており、自然が創り出す奇跡のようなその造形美に思わず見惚れてしまった。日本名では釣浮草(つりうきそう)と言われるこの花は、南米(一部は中米やポリネシア)の熱帯・亜熱帯が原産。下向きに咲く上品なその姿から“女王様の耳飾り”という形容でも愛されているのだそうだ。

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 訪れた時期がちょうど、夏休みということも手伝い、室内にはウサギやヒヨコとふれあえる動物コーナーやぬり絵コーナーが設置され、小さな子供たちが楽しそうに歓声を上げている。傍らには挙式もできる花に囲まれた教会スペースもあった。大温室がゆったりと花を鑑賞するエリアだとしたら、小温室は花や植物と触れあうイベントエリアのようだ。
 小温室に隣接して屋外にはクレマチス園として、大鉢やプランターに植えられたクレマチスが雨に濡れ、一層あでやかな色を見せている。この屋外エリアは5月中旬〜10月上旬にかけて約200種類、600鉢のクレマチスの他、ダリアやポーチュラカなどの花を展示している。10月以降はこれらの花がパンジーやビオラに替わるとのことだ。残念ながらの天気でゆっくりと屋外まで鑑賞できなかったのが心残りだが、次の季節にその楽しみを譲るとしよう。

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花の香りが広がる名物スイーツ
「ベゴニアソフト」。


 ひととおり見終わったあとは大温室に戻り、喫茶コーナーで小休止。ここの名物だと言う「ベゴニアソフト」をいただいてみた。ほんのりとピンク色をしたこのスイーツは、ベゴニアをイメージしてつくったのだと言う。なるほど、確かに口に入れた瞬間、ふわりと上品な花の香りが広がる。甘さは控え目。私たちと同様に、このソフトクリームで小休止(?)中の年配のご夫婦としばし花談義のひととき。外は雨でもここに流れる時間だけはまさに春のようだ。ガラスの屋根に打ちつける雨音に一切の世界が遮断され、より親密でしあわせな気配が満ちている。文字通りの花下遊楽をたっぷり満喫した連れも、穏やかな会話に包まれお目当てのリーガスベゴニアを手に陽だまり顔だ。そういえばいつか目にした広告に“きれいに咲くものを花と呼ぶ”というフレーズがあった。花はその姿をもって古くから人の心の中の“花”を呼び覚ましてきたのかもしれない。そう考えれば、今回の雨も思わぬ収穫なのかもしれない。雨には雨の楽しみ方を見つけて過ごす、そんな旅もまた味わい深いものだ。
 そういえば私たちが訪れた時期、ホテルでは夏休み向けの企画としてちょうど「パイレーツブッフェ」の夕食バイキングを開催していた。会場の装飾やスタッフの衣裳、そして料理も海賊をイメージした楽しい趣向で、多くの家族連れでにぎわいを見せていた。夏は家族の笑顔が満開となる季節。いつの時代にも“花”はしあわせの隣りに咲く、もうひとつの春なのかもしれない。

2.A棟飲食コーナーs.jpg5.A棟飲食コーナーs.jpg
36.ベコニアソフトs.jpg43.花イメージ07s.jpg50.花イメージ15s.jpg55.ビュッフェバイキング装飾s.jpg詳細に続く…
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2011年07月01日

6月 大自然のオアシス大笹牧場

その広さ、東京ドーム77個分。
標高1,030mの放牧育成牧場。

2011年6月某日

 ジリジリと照りつける初夏の陽射しに、ひとときの涼を求めて向かった場所は、鬱蒼とした杉木立や美しい棚田など、趣きあふれる日本の鄙の山道を車で行くこと約40分の場所にあった。突然開けた視界に飛び込んできたのは見渡す限り続く広大な牧草地だ。その名は「大笹牧場」。日光国立公園の標高1,030m〜1,320m、霧降高原道路のちょうど交差点に位置するこの牧場は、関東平野を一望できる絶景と広大な敷地で知られる放牧育成牧場で、その広さはなんと東京ドーム77個分(約362ha)。ホテルで仕入れた情報では全国でも屈指の規模とのことだ。辿りつく頃には天気は少々霧模様になっていたが、それが逆にソフトフォーカスにような雰囲気をたたえている。6月下旬から咲き始めるニッコウキスゲも私たちを出迎えてくれた。広い駐車場にはすでに何台かの大型観光バスが停車し、私たちと同じ行楽目的で訪れたファミリー客などで賑わいを見せている。
 レストハウス前にある記念碑によればこの牧場の歴史は明治35年、官有林の払い下げを受け浅田徳則氏が自家用牧場にしたのが始まりのようだ。その後、一時、戦争で経営が中断されたものの、昭和32年、育成牧場の普及に尽力していた栃木県酪農業協同組合の所有となり、国有林の貸与や借地の申請を経て、現在の敷地となったようだ。記念碑の脇には数多の苦難を経て牧場の設立に東奔西走した当時の組合長の渡辺喜平氏の銅像があった。見渡す視線の先には牧歌的な風景が広がり、先程までの汗はどこへやら、いつのまにか高原の風が私たちを包んでいた。

4.こやぎの丘 イメージ.JPG
32.大笹牧場 碑.JPG24.レストハウス全景.JPG16.ニッコウキスゲ.jpg


牛が草を食む牧歌的風景に
しばしのんびりと包まれながら。


 まずはレストハウスから歩いて5分、馬や羊がのんびりと草を食む「こやぎの丘」エリアへ。広々とした牧草地にはジャンボすべり台やアスレチック、隣接してレジャーゲレンデもあり、子供たちを遊ばせながら一日中大人もゆっくりできる趣向だ。「どうぶつのエサ」の自動販売機も設置され、1つ100円で購入できるとあって家族連れに人気のようだ。ちなみに「どうぶつのエサ」は四角いモナカの中に固形の飼料が入っており、購入したとたん放牧されている山羊や羊が我先にと柵に乗り上げエサを催促してくる。動物たちは人に慣れており、メエ〜ッと鳴きながら手からエサを食べる仕草は見ていて飽きない。ちなみにこの牧場で放牧している羊は頭と足先が黒いサフォーク種で、その姿から別名“パンダ羊”とも呼ばれる。なかなか憎めない顔立ちだが、実は食用マトン種のひとつで、国内の飼育羊の約80%を占めている種類なのだそうだ。個人的にジンギスカンが好きなだけに、人なつっこいその姿に少々複雑な気持ちにもなる。ともあれ、丘の東屋に腰を下ろし、エサやりにはしゃぐ子供達の声を遠くに聞きながら、ぼんやりとその姿を目で追った。こんなにゆっくりとした時間を過ごすのは久しぶりだ。見上げれば大空と呼ぶにふさわしい景色がそこにあった。

7.こやぎの丘 小馬と羊.JPG3.アスレチックとすべり台.JPG
26.エサ販売機.jpg
11.こやぎの丘 白ヤギさん.jpg
5.こやぎの丘 サフォーク種.JPG
17.ファミリー.jpg1.アスレチック イメージ.JPG


大笹名物、厚切りジンギスカンは、
食べごたえ充分の満足メニュー。


 昼食をとるため、いったんレストハウスへ戻ることにした。途中、牧草地の遠くになにやら人影のような集団が連隊を組んで歩いている。目を凝らすとなんと、野生の猿のようだ!私の連れも大興奮。大自然ならではの愉快なハプニングに思わずシャッターを切る。
 レストハウス内にあるレストランの名物は厚切りした生ラム肉に、焼き野菜・ライス・スープ・牛乳・漬物が付くジンギスカンセット(1,300円)。特製のオリジナルタレも上品な味わいで臭みはまったく感じない。車でなければビール!といきたいところをグッと我慢、我慢。ちなみに連れの話では羊肉はビタミンB2や鉄分が豊富に含まれ、ミネラルバランスにも優れた健康食品らしい。融点が44度と他の食品より高いため、食べても体内に吸収されにくいことからダイエットの面でも女性に人気なのだそうだ。魚肉並の低コレステロール食材でもありコレステロールを減らす飽和脂肪酸が他の肉よりも多く含まれるとあって、健康を気遣う人にも満足度の高い肉料理だ。

27.猿の移動.jpg14.ジンギスカンハウス テラス.JPG
12.ジンギスカン 焼く.jpg
20.レストハウス ベーカリーとジンギスカンハウス.JPG21.レストハウス 塔.JPG


散歩がてらの敷地散策。
見渡す限りの緑の大海原を一望。


 美味くて体に良いランチをたっぷり味わった後は、腹ごなしの散歩がてら眺めの素晴らしい「展望台」まで歩いてみることにした。ゆるい登り坂の両脇には牛が放牧され、のどかな風景が広がる。牛は人が近づいても逃げる気配どころか好奇心旺盛に近づいてくる。逆に尻込みする若いカップルに思わず苦笑しながら先を進む。歩けど歩けど続く牧草地の広さに圧倒されることしばしば。 
 周囲の景色に溶け込む木製の展望台に登れば、その眺めはまさに“雄大”のひとこと。眼下にはときおり訪れる高原の風に応えるようにサワサワと牧草が揺れ、緑の大海原が広がっていた。展望台付近には牛舎もあり、乳しぼり(1人100円)やバター作り(1人350円)ができる体験工房もあった。今はまだ穏やかな静けさが辺りを包み込んでいる。団体や家族連れが集うベストシーズンはまさにこれからだろう。

40.放牧場.JPG39.放牧場 カップルイメージ.JPG
34.展望台.JPG
35.展望台から全景.JPG36.乳搾り体験.JPG


希少なブラウンスイス牛の
ミルクでつくられる絶品ソフトクリーム。


 再びレストハウスに戻って土産物の品定め。建物内にはここでつくられるチーズや菓子、カルパスなどのオリジナル土産がところ狭しと並んでいる。ここで扱う商品の特徴は何と言っても現在、日本に1,200頭ほどしかいないと言う希少なブラウンスイス牛のミルクから造られる乳製品だ。スイス原産のこの牛は、白黒の模様でお馴染みのホルスタインと比較し乳量はやや少ないものの、乳たんぱく質量はホルスタインと遜色なく、チーズを作ったときの歩留まりが高いため、チーズ作りに適しているのだと言う。その味わいを早速試すべく、不動の人気を誇る「ブラウンスイスミルクソフトクリーム」(300円)をオーダーしてみた。食べた瞬間、ふわりとミルクの風味が口いっぱいに広がる。これは美味。ブラウンスイス牛は乳脂肪4%、無脂固形分9%という高い乳成分からなる濃厚なコク、そしてそのコクの中にあるほんのりとした甘味が特徴で、大笹牧場ではこれを最大限に生かした乳製品作りを行っている。一方、もうひとつの売れ筋商品、牛串(300円)はオーダーしてから焼き上げるため出来たての熱々がいただける。ちょっと強めの塩コショウとボリュームのあるしっかりした肉質が印象に残った。この他にも外売店ではコロッケをはじめ、焼きたての「ピザドッグ」や手作り生キャラメルが入った「生キャラメルラテ」などのちょっと変わったメニューもある。

22.レストハウス前広場.JPG25.レストハウス売店.JPG
15.ソフトクリーム.jpg
30.牛串 食べる.JPG23.レストハウス前売店.JPG


 ホテルから大笹牧場へのおすすめドライブコースは2通りある。ひとつは今回、我々がたどった日光側から杉並木や田園風景、山道を登るコース、もうひとつは川治温泉でしばし小休止してから、山道を登るコースだ。いずれも捨てがたいが、出発地や途中、寄り道したいスポットなど、目的に合わせて選ぶと良いだろう。詳細に続く…
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2011年06月01日

5月 鬼怒川新緑スポット

われ先に咲き誇るツツジの花試合。
湯の街にあふれる緑の息吹。

2011年5月某日

渓谷を渡る風に微かな夏の気配が漂う5月。陽気に誘われ訪ねたホテルですすめられた湯の街公園には、鮮やかなピンクと朱色のツツジが咲き誇っていた。ところで「ツツジ」と「サツキ」の違いをご存知だろうか。「サツキ」は実はツツジの一種で「サツキツツジ」を省略した名。見分け方だが、花弁が大きく花が終わってから新芽が出るのが「ツツジ」、新芽が出てから花が咲くのが「サツキ」だ。花の無い季節なら芽や葉に生えている細毛の色で区別できる。ツツジは緑色、サツキは主に茶色。「ツツジ」の開花は一般に4月中旬から5月上旬だが「サツキ」は名の通り5月中旬から6月中旬頃。そのため俳句の季語では「ツツジ」が“春”で「サツキ」は“夏”となる。ツツジとサツキは日本人の微細な感性を宿した花だと言える。

2 湯の街公園つつじ.JPG4 湯の街公園のつつじ.JPG



温泉街の必見スポット。
涼を誘う鬼怒楯岩大吊橋の眺望。


新緑真っ盛りの車窓を楽しみながら一路、鬼怒川の新スポット、鬼怒楯岩大吊橋(きぬたていわおおつりばし)へ。温泉街と名勝“楯岩”を結ぶ全長約140mのこの大吊橋は平成21年に完成。対岸には楯岩までの遊歩道が整備され、軽装で楽しめる気軽な散策コースになっている。一見、堅牢に見える橋だが実際に渡るとゆらゆらと揺れ吊橋であることを思い知らされる。前を行く家族連れだろうか。わざと小走りをする悪戯盛りの子供たちの足取りに、軽い眩暈のような錯覚を覚え思わず苦笑い。橋の中央に設けられた展望バルコニーからは初々しい緑の衣をまとった“楯岩”の断崖絶壁と奇岩怪石の間を縫うように流れる鬼怒川の胸のすくような渓谷美が広がっていた。

5 鬼怒楯岩大吊橋.JPG9 鬼怒楯岩大吊橋.JPG
12 鬼怒楯岩大吊橋から楯岩見る.jpg15 鬼怒楯岩大吊橋から日光方面見る.jpg



ささやかな銘渓、古釜沢の滝で
緑のシャワーを浴びながら。


橋の対岸広場では福を招くという“邪鬼”をモチーフにした「鬼怒太」の陶像が迎えてくれた。聞けば温泉街の7ヶ所にこの“邪鬼”をモチーフにした鬼の陶像があり《七福邪鬼めぐり》ができるらしい。愛嬌あるその表情に心和ませながら進んだ先は、楯岩展望台と古釜沢の滝へ左右に分かれる道になっていた。まずは古釜沢の滝へ。沢は坂道を下り短いトンネルを越えた小さな橋の下にあった。頭上には有料道路らしき橋が屋根のように架かっている。人口的な景観にやや落胆しながらも下を覗き込むと、岩肌を縫うように階段状に流れ落ちる古釜沢の滝が見えた。水壺を湛えたなかなかの美滝だ。沢へ続く細道を探し下りてみると、そこは小さな川幅いっぱいに浅瀬の滑滝が広がる思わぬ銘渓だった。あとで調べてみるとこの沢は100mもの圧巻な滑滝のある場所らしい。またもや寄り道の思わぬ収穫だ。

17 鬼怒楯岩大吊橋.JPG16 鬼怒楯岩大吊橋の鬼怒太楯鬼.JPG19 古釜沢のトンネル.JPG
20 古釜沢の滝.JPG
22 末広池下流.JPG



散策路の終着に広がる、
楯岩展望台の大パノラマに深呼吸。


もときた道を戻り次は楯岩展望台方面へと向かう。傍らの岩肌にはヒメウツギだろうか、白い花も咲いていた。坂道を数分歩くと前方にまるで洞窟のようにぽっかり口を開けた楯岩トンネルが現れた。中は薄暗くひんやりとしている。途中、ちいさな覗き窓から見える景色が一枚の絵のようだった。

23 楯岩トンネル入口.JPG25 楯岩トンネル途中.JPG24 楯岩トンネル途中窓.JPG

トンネルの先は楯岩展望台へ続く広場のようだ。鬼の陶像「誕生鬼」が意味ありげに天を指している。ここには森友瀧尾神社の御霊を分霊したという「楯岩鬼怒姫神社」があり、祠の中には真っ直ぐに進むことから安産のお守りとされている将棋の“香車”駒が収められていた。楯岩は古来から縁結びや子宝のご利益があるとして別名「子宝岩」とも呼ばれている。展望台へ続く階段は予想以上の急勾配。息を上げて上ると頂上からは大吊橋はもちろん、緑の山々に抱かれた鬼怒川温泉街の大パノラマが広がっていた。一角に設置されたカップルに人気の「縁結びの鐘」をちいさく鳴らしてみた。厳かで透明な音色が吹き上げる風に乗り、額の汗をクールダウンしてくれるようだ。

27 楯岩鬼怒姫神社広場.JPG28 楯岩鬼怒姫神社広場の鬼怒太誕生鬼.JPG
31 楯岩鬼怒姫神社祠.JPG
32 楯岩鬼怒姫神社祠の香車.JPG34 楯岩展望台に登る途中.JPG36 楯岩展望台からのパノラマ.jpg40‐2 楯岩展望台 縁結びの鐘.JPG



沿道にそよぐこいのぼりの群れに
懐かしい郷愁を重ねて。


晴天に背中を押され、以前、ガイドブックで見た平方山(ひらかたやま)のヤシオツツジを目指し川治方面へと車を走らせる。と、温泉街に入ったあたりから突然、道の両脇に鮮やかな赤と青の無数のこいのぼりが現れた。川治温泉で毎年4〜5月に街の中心を流れる男鹿川や五十里(いかり)ダムを会場に飾られる風物詩らしい。温泉街を抜ける国道121号線沿いでも2kmに渡り、3,000匹もの愛らしい“ミニこいのぼり”が道行く観光客の目を楽しませてくれる。風をはらみ元気に泳ぐその姿は眩しい緑の景色に映え、夢のような幸福感にあふれていた。

41 川治温泉駅前.JPG42 川治温泉駅前.JPG



平家の財宝伝説が残る地。
古くからの信仰を集める2つの社。


目指す平方山へは本来、頂上の駐車場まで車で行けるが、震災の影響で現在は通行止。そこでトイレ休憩を兼ね車を「かわじいふるさとの駅」に停め歩くことにした。地元の人に訪ねると平方山園地の登り口は川治コミュニティハウスの脇らしい。入口には園地全体の絵地図の案内板があった。ここからは鬱蒼とした木立のなか、やや勾配のきつい登り坂が続く。間もなく石垣と木々の間に古めかしい鳥居が現れた。案内には子安神社・鶏頂山神社とある。ここの鶏頂山神社は日本三百名山“高原山”と称される那須火山帯の一部、鶏頂山の頂上にある本宮の里宮のようだ。鶏頂山は約1,700年前に開山された霊山で、伝説では金の鶏に導かれて開山に至ったとことから別名”金鶏山”と呼ばれ古くから山岳信仰を集めてきた。この里宮は高原新田宿の人々が廃宿で川治に降りた際、創建されたとのことだ。本宮同様、道祖猿田彦大神を祀っている。その里宮と並び隣には子宝祈願、安産、子育ての神として全国各地に見られる子安神社(こやすじんじゃ)の祠もあった。地域によっては道祖神として祀られる猿田彦がここではその神威の強さから別宮として共存しているのかもしれない。

45 平方山入口.JPG46 平方山子安神社入口.JPG
50‐1 平方山鶏頂山神社.JPG
51 平方山子安神社.JPG54 平方山子安神社.JPG



緑の山々に可憐に咲き誇る
ヤシオツツジを愉しむ森林浴の散策路。


まずは平方山の頂上を目指す。途中には幾つか東屋の案内表示があった。園地には計3箇所の東屋を伴う展望台があるようだ。額ににじむ汗をぬぐい、そのひとつでしばしの小休止。眼下にちらほらと川治の温泉街が見えるものの、新緑の樹勢もあり、眺めというよりは森林浴といったほうが正解だろう。緑のカーテン越しに降り注ぐ春の陽射しが全身を洗い流してくれる。やがて散策路の両脇にちらほらとピンク色の花が咲いていることに気付いた。どうやら見頃のタイミングとしては1週間ほど遅かったようだ。あふれんばかりの緑に覆い隠され、名残の花々はその可憐さを一層際立たせていた。平方山に咲くヤシオツツジは「アカヤシオ」と言われる種類。森にはヤシオツツジの他、桜やカエデ、ブナ類がも多くあり、秋の紅葉の素晴らしさを彷彿とさせてくれる。

57 平方山散策路.JPG62 平方山散策路ヤシオツツジの道.JPG64 平方山散策路ヤシオツツジ.JPG65 平方山散策路川治望む.JPG
67 平方山散策路.JPG
69 平方山散策路.JPG



川治名物、あなどることなかれ。
お肉やさんの手作りコロッケ。


山を下り少々小腹も空いた頃。“川治名物コロッケの店”の看板に誘われて立ち寄った「坂文精肉店」(さかぶんせいにくてん)。ここはテレビや雑誌でも取り上げらる絶品コロッケの名店だ。聞けばもう半世紀も続く老舗とのこと。精肉店らしく店内には精肉の他、地鶏のモモ揚げや冷凍の手作り餃子もある。人気のコロッケは昔ながらの細かいパン粉を使った食感が人気で、連休や行楽シーズンには県内外からのお客による長い行列が出来るらしい。“オランダ”“イタリア”などユニークなバリエーションは全14種類。一番人気は「キャベツメンチ」(120円)だが、あいにくこの日は完売。“ウチのはソース無しでもイケますよ”と、温泉美人の店の従業員“さっちゃん”の笑顔についつられ、オランダ(80円)、イタリア(80円)、黒豆(90円)などなど5種類を購入し気分はまさにコロッケのようにホクホク。キャベツメンチのリベンジはまた次回にとっておくとしよう。

70 坂文精肉店.JPG71 坂文精肉店.JPG
72 坂文精肉店.JPG
73 坂文精肉店.JPG

思い出したが、春は人体の保水バランスと森のそれが最も近く一年で一番心地よい季節らしい。人が森を受け入れ、森が人を包み込むのだ。まさにそれを体感した今回の旅だった。そうそう。帰りの車中で待ちきれず、連れと食べた黒豆コロッケは粗挽きの黒豆がゴロゴロ入った食感が特段に美味かった。しばらく忘れられそうにない。詳細に続く…
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2011年04月01日

4月 鬼怒川温泉の花見スポット

里桜に癒される鎮魂の春。
彩とりどりの花を訪ねる鬼怒川の寄り道旅。

2011年4月某日

気づけば早くも春暖。日ごとに彩りを増す自然の姿に、今年は誰もが特別の感懐を覚えるだろう。まだまだ癒えぬ震災の傷をそっといたわるように花は咲き、私もまた、その出会いを求め鬼怒川へとやってきた。例年、鬼怒川の桜の見頃は4月中旬くらいだと言う。途中、車窓から望む景色に魅入られ立ち寄ったのが鬼怒川温泉大原にある「鬼怒川レジャー公園」。ここはテニスやゲートボールが気軽に楽しめる市民憩いのスポーツパークだ。園内には丁度、大きな山桜や八重桜が春爛漫と咲き誇っていた。これからの季節は山つつじや藤も見頃を迎えるようだ。敷地の一番奥にある雷電神社脇には「開運桜」と名付けられた推定樹齢300年の山桜がひっそりと神の依代のように静かな威厳をたたえていた。復興の祈りを込め、そっと手を合わせる。

1.レジャー公園 小.jpg4.レジャー公園開運桜 小.jpg
5.レジャー公園雷電神社 小.jpg
68.桜イメージ 小.jpg


春雨にうるおう、花吹雪のさくら道。

恵みの穀雨か、はたまた花散らしの雨か。温泉街に入る辺りから本降りの雨模様。花見スポットのひとつ、鬼怒川温泉駅前の「さくら通り商店街」の桜並木もそろそろ見納めのようだ。雨に打たれ、はらはらと舞い散る零れ桜が歩道を桜色に染め上げていく。詩情あふれるその風景に佇めば、雨音さえまるでやさしい旋律だ。ひと雨ごとに生まれ変わる景色が自然界が持つしなやかな逞しさを教えてくれる。

10.さくら通り 小.jpg11.さくら通り 小.jpg6.さくら通り公園の桜 小.jpg


神々の御座を彩る、華麗なる花の競演。

このあたりの一番の花見どころ、護国神社は国道21号線を龍王峡方面に向かう途中、鬼怒川ロープウェイ山麓駅に隣接した場所にある。鳥居から社殿へと続く参道の両脇に並ぶ十数本の染井吉野の古木が、神々しいまでの花のアーチで迎えてくれた。社殿へといざなう階段を登り後ろを振り返れば、そこには山並みを背景に鳥居と桜がパノラマで見渡せる昔話のような里景色が広がる。静かに花見を満喫するにはまさに絶好のスポットだ。ロープウェイ山頂にある温泉神社の里宮だろうか、神社近くの国道沿いにはお稲荷様を祀る小さな祠があり、赤い鳥居としだれ桜の鮮やかなピンク色が作り出すコントラストの美しさに思わず車を止め、シャッターを切ってしまった。

23.護国神社 小.jpg15.護国神社 小.jpg
17.護国神社 小.jpg24.稲荷神社 小.jpg


願いを運ぶつむじ風「春一番 風街道」。

護国神社からほど近く、3万株もの芝桜の見頃だと聞いて訪れた滝見公園。そこにあったのは数えきれない程の風車の花畑だった。あとからホテルで聞いた話によれば、どうやらそれは温泉観光協会が中心となって鬼怒川温泉駅前や鬼怒楯岩大吊橋のたもと、湯の街公園など、街の5カ所に約15,000個設置した「春一番 風街道 2011」と言うイベントだったようだ。開催は今年が2回目。桜が咲く前の3〜4月にかけ鶏頂山から吹き降ろす北風を利用したこの催しは、今年は震災を受け予定より約1ヶ月遅らせての開催だったようだ。今年は特に被災地をはじめ日本全体が元気になるように、との願いが込められ風車の数も昨年の倍以上を設置。春風にくるくる回るその姿は訪れる人にどこか懐かしい記憶と微笑みをもたらしていた。

30.滝見公園風車 小.jpg28.滝見橋の芝桜 小.jpg31.湯の街公園 小.jpg


空と水、花と人。相睦みあう里の鄙道。

そういえば以前、七福神めぐりで訪れたオートキャンプ場のある鬼怒川上滝河川公園にも川に寄り添う桜並木があった。そう思い立ち上滝方面へも少しだけ足を伸ばしてみることにした。上滝付近はゆるやかなカーブが続く道沿いに絵になる蔵が点在する鄙里だ。道すがらの屋敷森には山桜や染井吉野、れんぎょうや花桃などの花々が色とりどりに咲いていた。その情景に心和まされながら河川公園へ到着。どうやら桜並木の桜は枝垂れだったようだ。樹齢はまだ若い。歩きながら見上げれば幾重にも重なる濃ピンク色の花弁が、青みを帯び始めた雨上がりの空に降り注ぐようにあでやかな色彩を描いている。傍らを流れる鬼怒川の川岸には川釣りに興じる太公望の姿もあった。3月から解禁される川釣りは魚種により9月中旬(ヤマメ、イワナ、サクラマス)、また10月末(ニジマス)まで楽しめると言う。

天気が少し回復してきたため、龍王峡方面へもドライブがてら遠回りをしてみる。途中、新藤原駅近くにあるロータリーの芝桜が人知れず見事なまでの見頃を迎えていた。ふと見ると駅のホームには常世の春とばかりに咲き誇る満開の桜がある。急ぐ旅でもなし、と、路肩に車を止めホームに入ってくる電車をしばし待つこと十数分。鬼怒川方面へと向かう2両編成の列車が滑り込んできた。思わぬタイミングに少し興奮ぎみにシャッターを切る。桜と電車の情景もまた、郷愁を誘う春のベストショットのひとつだろう。

34.上滝の風景 小.jpg38.キャンプ場 小.jpg70.桜イメージ 小.jpg36.キャンプ場釣人 小.jpg
40.藤原の芝桜 小.jpg45.新藤原駅 小.jpg


雨宿り、花宿り。鬼怒川公園にて花下遊楽。

さっきの青空はどこへやら。また雨が降り出してきた。しかし桜の時期の雨宿りなら退屈はしない。ホテルへ向かう道すがら次なる寄り道として選んだ鬼怒川公園界隈。公園駅の前には、びっしりと花をつけた堂々たる染井吉野の老木が雨に打たれ黒い幹と薄桃色の花のコントラストを一層際立たせている。その姿を仰ぎながら桜に囲まれた東屋でしばしホットドリンク片手に小休止。花冷えの言葉どおり、雨が降れば両手で包む温かな飲み物がまだ恋しい季節だ。それもまた花巡りの愉快さかもしれない。少し体を温めた後、鬼川公園へと向かう。目指すスポットは共同浴場の岩風呂で知られる鬼怒川公園の一角、鬼怒川小学校から保健センターと児童館、多目的広場へと通り抜ける裏道にあった。ソメイヨシノと枝垂れ桜が道の両脇にズラリと並んでいる。決して派手な道ではないが、S字カーブとなっている道の死角が景色にリズムを与え、濃淡の花色が面白い効果を作り出している。

43.鬼怒川公園駅前 小.jpg47.鬼怒川公園道路 小.jpg50.鬼怒川公園岩風呂 小.jpg


花も団子も。欲張りな旅ほど楽しみも尽きない。

チェックインのため向かったホテルでは、エントランスでも花吹雪の歓迎を受けた。ロビーにはあかあかと燃える薪ストーブが私たちを迎えてくれた。“花より団子”ではないが、ホテルならではのスイーツも一筆しておきたい。生地に黒胡麻と食炭を練り込んだホテル名物の「黒胡麻温泉まんじゅう」は甘さ控えめの上品な味わい。夜のバイキングのスイーツコーナーに並ぶカラフルな「マカロン」(私は「マコロン」だと勘違いしていた)には私の連れも大興奮。聞けば、フランス生まれの女性にとても人気があるスイーツなのだそうだ。

51.ホテル前桜 小.jpg52.ロビーの火 小.jpg
53.胡麻まんじゅう 小.jpg54.マカロン 小.jpg

翌日は晴天。少し早起きしてホテルから歩いて行ける花見坂までふたりで朝の花見散歩。鬼怒川の花と美味い料理をむさぼり、欲張り心に火が付いた私たちは帰りに日本の都市公園100選のひとつ、桜と芝桜の名所だと言う矢坂の「長峰公園」へ少し遠回り。グランドを囲むようにレイアウトされた桜の森には地水式庭園をはじめ遊具のある公園もあり、ひらひらと降り注ぐ桜吹雪が春の木漏れ日に抱かれ、うっとりとため息を誘うような美しさをたたえている。その健やかな安らかさに、今ある我々、日本人の苦悩を全て預けたい思いにかられた。
花は巡る季節を決して忘れない。自然界のリズムのように無駄に急がない日々にこそ、人生の花が待っているのかもしれない。神様の悪戯だろうか。“桜花を謳歌”した今回の旅にその想いを得た気がする。

64.花見坂 小.jpg62.長峰公園 小.jpg
57.長峰公園 小.jpg
61.長峰公園 小.jpg59.長峰公園 小.jpg

詳細に続く…
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